安心して老後を生きるために──病院だけに頼らない、生き方と最期の選び方
私たちは長く生きることが当たり前になった時代を生きています。
高齢になれば病院や医師の存在は心の支えとなり、病気や不安から守ってくれる安心の場所でもあります。しかし、がんなど大きな病気を抱えた時、「治療さえすれば大丈夫」とは限りません。
治療を終えても体力が戻らず、そのまま病院や介護施設で過ごす人生へと移ってしまう方も少なくありません。
そうなる前に、「自分はどこで、どんなふうに生きたいのか」「もしもの時、どんなケアを望むのか」を考えておくことが大切だと感じています。
■ 病院での治療と、その先にある現実
高齢者医療では、治療を受ければ一時的に命は延びます。しかし長期入院が続けば、筋力や体力は低下し、家に帰りたくても帰れなくなることがあります。
ベッドの上だけで過ぎていく時間、病院という非日常の空間で、自分の役割を見失い、「家に帰りたい」という声を口にできないまま日々が過ぎていく人もいます。
病院で過ごすことを否定するわけではありません。医師や看護師に守られる安心感は何にも代えがたいものです。ただ、「治すこと」だけが幸せとは限らないという現実も、少しずつ見つめられるようになってきました。
■ 在宅医療というもうひとつの選択肢
今は、病院に行かなくても医師や看護師が家に来てくれる「訪問診療」「訪問看護」という仕組みがあります。
住み慣れた自宅で家族の気配を感じながら治療やケアを受ける──そんな生き方を選ぶ高齢者も増えています。
また、終末期には「延命治療をせず、自宅で自然な最期を迎えたい」と望む人もいます。
点滴や人工呼吸器ではなく、家族との穏やかな時間を選ぶ。
その選択が正しいかどうかではなく、「自分らしく生きたい」という思いに寄り添うことが何より大切です。
■ 元気なうちに話しておきたい“もしもの会話”
「もし自分が寝たきりになったら、家に戻りたい?」
「延命治療はどこまで望む?」
「最期の時間を病院で過ごしたい?家で過ごしたい?」
こうした会話は少し勇気のいる話題ですが、元気なうちに家族と話し合っておくことで、いざという時の不安はぐっと小さくなります。
本人の意思が分からなければ、家族は迷いや後悔を抱えたまま選択を迫られてしまいます。
だからこそ、「自分はどう生きたいか」を伝えることは、家族への優しさでもあるのです。
■ 安心して老後を生きる心構え
老後の不安は「知らないこと」から生まれます。病院に頼るだけではなく、在宅医療・地域の支援・介護保険制度など、選べる道を知ることで心は軽くなります。
そして、死や終末期について考えることは恐ろしいことではなく、「最後まで自分の人生を生ききるための準備」なのだと思います。
■ おわりに
病院で過ごす時間も尊いものです。ですが、家の匂い、家族の声、日常の景色の中で生きる時間も、同じようにかけがえのない命の営みです。
いつかではなく、今。少しだけ勇気を出して、大切な人と話してみませんか?
それが「安心して老後を生きる心構え」の第一歩になるのです。